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【鎌倉殿の13人】第5話の3つの見どころポイント【石橋山の戦い】

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大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も合戦シーンが登場し、だんだんと熱を帯びてきましたね。

第5話は見どころ満載の、前半の神回となったことは、視聴者の大半の方が感じたことではないでしょうか。

今回は、筆者が独自の視点でとらえた第5話の見どころポイントを3つ紹介したいと思います。

なおらんについてちょっと紹介!
なおらん

私、なおらんは大河ドラマ視聴歴30年以上の、大河ドラマや歴史ドラマが3度の飯より好きなアラカン主婦です。最初に観た大河ドラマは滝田栄さん主演の『徳川家康』。今までの大河で一番好きなのは『真田丸』です。大河ドラマのおばちゃんと思ってくれたらうれしゅうございます😊

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目次

【鎌倉殿の13人】第5話見どころポイント①~北条時政と大庭景親による名乗りあい

馬上での名乗りあい
馬上での名乗りあい

一刻も早く鎌倉へ入りたい源頼朝であるが、雨のために進むことが困難になります。

3000の兵を有する大庭勢を三浦勢と挟み撃ちにしようという策も、酒匂川の増水により三浦勢は渡ることができず、足止めをくらうという運の悪さ。

大庭景親はここぞとばかりに朝を待たず、戦いに向かいます。

石橋山の戦いの始まりです。

3000対300 戦い方は敵を挑発して山中へ誘い込むこと

頼朝軍の軍司である北条宗時は、敵を挑発して山中へ誘い込もうとします。

狭い場所での少数での戦い方を知っての策です。

「俺は戦うために生まれてきた男さ」と弟義時にも言っています。

そして北条家の当主である父、時政に挑発役を任せるのです。(これが間違いの元でした^^;)

この時伊東勢が背後にいる事を知っていたら、どんな策を取っていたのでしょうか。

伊東勢の動きにまで気が回らなかったのは悔やまれるところです。

北条時政と大庭景親による名乗りあい

史実はどうだったのか知ることはできませんが、ドラマではお調子者のように描写されている「時政父さん」。

宗時曰く、大庭景親のことはどうやら大嫌いのようです。

どのような名乗りあいになったのでしょうか。再現してみましょう。

景親

平家の御代を揺るがそうと合戦を起こしたのは誰だ!カマキリが両手をあげて牛車に立ち向かうようなもんだ。名を名乗れ!

時政

許せん。我が主は、清和天皇が第六の皇子貞純親王の御子たる六孫王より七代の後胤、八幡太郎義家様四代の御孫、先の兵衛権佐 源頼朝殿なるぞ。馬上よりつべこべいうのはけしからん。まずは馬から下りやがれ!

景親

こちらは3000騎あまり。片やそちらのなんと少ないことよ。醜態をさらす前に降伏されよ!

時政

この裏切り者めがー!そなたは佐殿の御父君、源義朝様に仕えたではないか。何故平家にこびへつらう。

景親

先の戦で源氏が朝敵に成り下がった時に、我が命を救ってくれたのは平家である。その恩は海よりも深く山よりも高い!まことの勇者はへつらって見えることもあるのじゃ。

時政

一時の恩に浸って先祖代々の主を捨てるとは、情けなや、情けなや。死すとも後世に残る名こそ惜しむべきものである。

景親

ハハハハハ!もはやそなたにかける言葉はないわ。

時政

それはこちらの言うことじゃ~!それーかかれーー!!


はい、お父ちゃん、まんまと相手の挑発に乗っかってしまい平場での戦いをせざるを得なくなり軍は大敗、敗走することになってしまいました。

|ぷっつんしたら止まらない時政のエピソードはこちらにも|



しかし、名優二人(坂東彌十郎、國村隼)の「言葉の戦い」は圧巻です。

時々差し込まれる頼朝と宗時の心配する言葉も含めて、見ごたえあるシーンとなりました。

時代劇に歌舞伎役者さんが入ると場の高揚感が一段と高まりますね。

生の舞台で鍛え上げられた魂がそのまま乗っかった良いシーンでした。

以下は大庭景親役の國村隼さんのコメントです。
  

【鎌倉殿の13人】第5話見どころポイント②~梶原景時の表情から読み取る心情

武将
武将

石橋山の戦いで重要人物となる梶原景時中村獅童)が、いよいよ登場してきました。

源頼朝が坂東の政は頼朝が行うと世にしらしめます。最初の所信表明のようなものです。

すると、伊東祐親や大庭景親ら平家方の豪族らは激怒し、頼朝を成敗しようと挙兵に動こうとします。

大庭景親と同族である景時は、頼朝軍の動きが今後どうなるであろうか聞かれるとすぐさま、東へ向かうでしょうと答えます。

彼もまた軍司のようです。

この時の景時の心中はどうだったのでしょうか。



元々は大庭景親同様源氏の家人

梶原氏は坂東八平氏の流れをくむ鎌倉氏の一族で大庭氏とは同族です。

坂東八平氏(ばんどうはちへいし)は、平安時代中期に坂東(関東地方)に下向して武家となった桓武平氏流の平良文を祖とする諸氏。八つの氏族に大別されていたため、「八平氏」と呼ばれ、武蔵国周辺で有力武士団を率いた代表格の家門である。
一般的には千葉氏・上総氏・三浦氏・土肥氏・秩父氏・大庭氏・梶原氏・長尾氏の八氏が多く挙げられる―出典 Wikipediaより



平治の乱の時も源氏側で戦っていました。

祖先は代々源氏の元で戦ってきた氏族です。

平治の乱で源義朝が敗死したあとは大庭らとともに平家に従います。

平家は命を救ってくれた恩人となるわけです。

第5話での梶原景時の表情から心情を考察

元々は先祖代々源氏の家人として仕えていた氏族故、源氏の再興を望んでいたのではないでしょうか。

北条時政が名乗りあいで「一時の恩に浸って先祖代々の主を捨てるとは、情けなや、情けなや。死すとも後世に残る名こそ惜しむべきものである。」と言っています。

おそらく武士としての功績もあり、誇りをもっていたであろう梶原景時は、同じ想いを抱いていたのではないかと推察されます。

石橋山の戦いでの勝利の祝杯を皆があげている時に「敵の大将の首を見てからゆっくり飲むといたします」と言い、祝杯をあげるのを断っているのです。

表情もいささかこわばっています。

祝杯をあげる気など起きなかったということでしょう。

大庭に感づかれることなく、なんとか頼朝を助け、恩を売って自分ものしあがっていこうという思いを持っていたのではないかと考察できます。

第5話では頼朝を助けた、しとどの窟での一連のシーンがなかったのですが次回描かれる事を期待しましょう。

【鎌倉殿の13人】5話見どころポイント➂~「兄との約束」北条宗時の野望

兄弟武士
兄弟武士

ドラマの中では父、北条時政同様楽観的な性格として描かれていますが、実はとてつもない野望を隠し持ってたことが明らかになりました。

敗走途中の洞窟の中で頼朝に「北条を頼ったのが間違いであった」と言われ、小さな観音様の代わりにご本尊様を取ってこいと戯言を言われても黙って取りに行くその心の奥底に秘めたる思い。

出発前に義時だけに打ち明けます。

「俺はな、実は平家とか源氏とかそんなことどうでもいいんだ。俺はこの坂東を俺たちだけのものにしたいんだ。西から来た奴らの顔をうかがって暮らすのは、もうまっぴらだ。坂東武者の世を作る。そして、そのてっぺんに北条が立つ。そのためには源氏の力がいるんだ。頼朝の力がどうしてもな。だから、それまでは辛抱しようぜ。」


これが兄宗時との最後になろうとは思いもしなかった義時であるが、この言葉は義時の心に深く刻み込まれたに違いありません。

北条義時は今後あまたの内部抗争を勝ち抜き、トップに昇りつめていくのですから。

北条宗時は、祖父伊東祐親の放った善児によって殺されてしまいます。



この宗時との会話は兄弟の間での最期の約束となったのです。

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