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エッグスタンドなんかいらない!ひろゆき氏著書から学ぶ本当に不必要なものを見破る力

なんだかどんよりとした空模様。

散歩に出るのも億劫で、掃除、洗濯の一通りの家事を済ませ、午後からは遅ればせながらひろゆき氏の

を読んでみました。



それにしても今は1歩も外に出ることなく、買い物が出来、すぐに読書できるという便利な時代になったものですね^^;

断然、紙派だった私も考えを改めましたよ。

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目次

エッグスタンドなんていらなくない?

まず、最初にこの項から始まる本書に惹きつけられ、一気に読むペースが上がったことは言うまでもありません。

エッグスタンド、確かに必要ないなぁ。。。

一度も買ったことはないし、ショップで見かけたこともない。

必要ないものだから、目に入らなかっただけだと思うが、存在すら考えたこともなかった。

ひろゆき氏は赤羽の団地近くの国税局宿舎に住み、団地で暮らす人達の底辺の生活を見て育ったそうだが、私自身団地で育ち、”中の下”位の生活をしていたため、非常に共感できるエピソードが満載だ。

家にカギをかけることもなく、互いに行き来し、晩御飯のおかずを分け合ったり、休みの日の午後は近所のおばちゃん達がお菓子を持ち寄り座談会が始まる。

洋服なんておさがりの着回し。新品を買ってもらえるなんて年に1回もなかった。

昔は本当に鼻水垂らした子供たちがたくさんいたよ。

そんな日常を暮らしている中、エッグスタンドなるものの存在など大人になるまで知る由もなかったわけで。

小皿があれば十分なので、何のために使うものなのか、いまだに理解に苦しむ代物だ。

団地で育った私には、上流階級の家庭やホテルだけが使う貴重品種という感覚が、いまだにずうっと残っている。

我が家のエッグスタンドたるもの

そう考えると、我が家にはエッグスタンドのように必要ではないのでないものがいくつかある。

まずは、ピーラー。野菜の皮をむくためのものだが、私にはまったく必要のないものだ。


ピーラー




私はこれをまったく使いこなせない。

長年包丁を使い、野菜によって違う皮をむく感覚が体に染み込んでいるため、ピーラーを使ったことはあるのだけど、使いこなせず、余計に時間がかかってしまう。

それどころか手を切ってしまう始末。

以来我が家には活躍の場がなくなり、不燃物として葬り去られた代物である。


もう一つは水切りかご。
食器を洗ってふせておくかごだ。



水切りかご





これが非常に場所をとり、狭いキッチンの我が家では悩みの種だったのだが、大きめの珪藻土マットの上に洗った食器を伏せすぐに拭いてしまう。

終わったら珪藻土マットは立てかけておく。

これで解決なのだが、珪藻土マットの代わりに大きめの布巾でよくない?という思考に切り替わり、珪藻土マットも新たな我が家のエッグスタンドとなりそうだ。

探せばまだまだありそうだが、我が家にとっては不必要なもので、もちろん必要な人もいるであろう。

それぞれのライフスタイルによって必要なものと不必要な物の基準を設けて、無駄を省き、スッキリとした生活を送りたいものだ。

母の教え

昔からよく母は、上を見たらキリがない。下を見てもキリがないと口癖のように、私たち子供に話していました。

そんな言葉を聞いて育った私たち(弟がいます)ですが、不幸だと思ったことが一度もありません。

団地で育ったため、周りは同じような境遇の子供たちばかりで、比較対象がテレビの中の裕福な子供たちだけだったせいかもしれません。

それはそれで、テレビのドラマの中の裕福な子供たちが幸せそうだったかというとそうでもなく、自分たちの方がまだましじゃんと思ったこともしばしば。

今思うと、あれは母の策略だったかもしれません。

そういうドラマをわざと見せ、私たちの現状に満足とは言わないまでも、不平不満を言わせないように仕向けていたのかもしれませんね。

カンボジア難民の特集番組の飢えた子供たちの映像を見せられ、世界にはろくにご飯を食べられない子供たちがいるんだから、毎日ご飯が食べられるお前たちは幸せなんだと。

当時5~6歳の私は強烈な印象を受け、ご飯を残さず食べるようになりました。



ひろゆき氏も著書の中で、

上を見たらエッグスタンドと思う。

下を見たら自分の方がましだと思う

という、上を見て比べるのは馬鹿らしいけど、下を見て落ち着くのは否定しないと言っています。

考え方次第で楽になるということはスキルとして持っていた方がよさそうですね。

母の教えも現代にも通ずる不変の教えだったということです。

子供のころから教え込まれたことに感謝すべきことですね。

片手はつねに空けておけ

ひろゆき氏は著書の中で片手は常に空けておけと言っています。

いくらチャンスが目の前に現れても「余裕がないと取り逃がす

両手がいっぱいだと何も新しいことが始められない。

まずは手放し、スケジュールに余白を作ろうということです。

「幸運の女神の前髪」は通り過ぎたら捕まえることができない
のですから。

不必要な物を見破る力を養い、幸運を掴むためにも片手を常に空けておく1%の努力を続けていけたらと思います。

大切なのは思考の優先順位かな。


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